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もう一つの宮島・厳島神社の外宮、地御前神社

厳島神社の外宮と言われている神社があります。
厳島と同時期に、創建されたもう一つの神社で、それが地御前神社です。
地御前の御前とは、厳島を意味します。

その名の通り、厳島の対岸に位置し、厳島神社の外宮として建立された神社であり、厳島神社と深い結びつきのある神社です。

御祭神は、厳島と同じ宗像三女神です。宗像大社の御祭神です。

推定で、推古天皇元年の時代、厳島神社と同時期に創建された地御前神社は、海に向かい鳥居が立っています。

そうですここは、海が参道になっています。江戸時代には神社境内すぐそばまで海で、厳島と同じく、海に鳥居が立っていたようです。

管弦祭には、厳島から地御前神社へ、阿賀港、江波港から御座船が着きます。
海岸には、階段が設けられ、管弦祭の折には、参道に交差する線路の門が開門されます。
不思議な光景が、年に一度観られます。

管弦祭とは、平安時代の都で貴族たちが池や川に船を浮かべ、優雅な「管弦の遊び」をしていたことに由来します。
平清盛公は、この遊びを取り入れ、神様をお慰めする神事として執り行うようになりました。
旧暦の6月17日には、ダイナミックな宮島の平安絵巻が繰り広げられます。

厳島神社は外宮、本宮(内宮)、奥宮からなり、外宮が地御前神社になります。
本宮は、厳島神社、奥宮は、弥山山頂の御山神社だそうです。な

ぜ外宮があるのか?それは、宮島が神の島であり、かつては人が住むことは許されなかったからです。
その外宮の地御前神社は今と違い、文献には19もの殿舎があったと、書き残されています。

神仏一体の時代、この場所には鐘楼もあり、かつての梵鐘は、広島県福山市沼隈町の西光寺に、保管されているようです。

また、「厳島合戦(1555年10月16日)」で、毛利軍が陣を張った場所として有名です。
毛利元就は地御前に、三千の精鋭を集結させたと言われています。「荒れ狂う瀬戸内海」を「猛々しい瀬戸内の海賊衆」と共に、宮島に座する陶晴賢の本陣を目指して、出陣したと残されます。

現在、JRと広電の線路に挟まれていますが、この辺り一帯に広がる外宮を、CG再現で見てみたい気持ちになります。

お時間あれば、宮島口から広島電鉄に乗り、地御前で下車して界隈を散策してみられては、いかがでしょうか。

普段は静かな漁師町ですが、冬の時期は牡蠣打ち場が、早朝から忙しく牡蠣を洗う音なども聞こえてきます。

この海のそばには、「おもてなしホステル」という宿泊施設もあります。
玄関が鳥居を模してあり、素敵な雰囲気で、リピーターも多い宿泊施設です。(http://omotenashi-hostel.com/jp/)
5歳以下は全員無料、長期利用プランなどあり、リーズナブルでホステルとしてのサービスも充実しています。

海外からの観光客の利用も多いので、国を越えた出会いが、旅を一層楽しいものにさせてくれるでしょう。
地御前神社前から、対岸の宮島を遠くに眺め、朝は昇りゆく太陽が美しく海を黄金色に輝かせます。素晴らしい景色が観られるスポットです。